Naughty Kid 怒りの日

Anger is an energy, it really bloody is

One Step Beyond

オレと同じような環境に育った奴ってのは世界的に見ればそう珍しくない。なんなら性的虐待がなかっただけまだマシな部類かもしれない。

 

その手の奴らの中にはひねくれて、こんな自分にしたのは環境のせいだとか、こんな時代のせいだとか、親のせいだとかいう奴がいるが、そいつは違うな。

確かに傷は残ってるがてめえで考えて行動できるなら全ては自分のせいだ。どんな言い訳をしようが、今の自分の姿は自分の望んだ姿だ。

運命とやらがあるならそんなもん憎んでも何も始まらないぜ。

 

PTSDと診断されようがカタワ扱いされようが、親の愛情が足りなかったなんて憐れみの目で見られようがだからなんだってんだ。

 

環境のせいにするなら環境変えればいいだけ。

親のせいにするなら奴らに頼らず生きればいい。

時代のせいにするなら徹底的に時代に抗えよ。

生まれてきた以上は楽しむ権利はあるはずだぜ。

重度のトラウマや日常生活に支障があるレベルの人達は仕方ないにしろ、被害者面して甘えてる奴らだっているからな。

 


状況は自分で作るしかない、誰かが1から100までお膳立てしてくるわけはない。

もし誰かがやってくれたとしてもそれは自分で望んだことじゃないだろ?

 


ーーーーーー

 


小学生になったころ、環境に馴染めず人と話するのも嫌で嫌で仕方なかった。

同級生はまるで別の世界の人たちで話なんか合うわけないとすら思っていた。

 

赤毛交じりの髪に青白い肌、目の下にはいつもクマがあって周りからは気味悪がられてた。

同級生からは”キョンシー”なんて陰口を叩かれてたらしい。

初日からストレスの連続で誰かと行動することが嫌すぎて集団下校も逃げだし、身体検査もお腹痛いなんて嘘ついて別の日にしてもらった、初めての遠足も休んでじいさんの家に逃げこんだこともあった。

 

授業も毎日上の空、宿題もろくにやらずめったに怒らないハトみたいに穏やかな担任の先生も流石にブチ切れてウチのクラスの子じゃありません!とヒステリー起こして教室に追い出されたこともあった。

 

今なら不登校になるところだろうが、80年代は義務教育中の不登校は有り得ない。絶対に認めない。

殴ってでも無理やり引っ張ってでも学校に連れていく。それが当たり前の時代だった。学校に行きたくないなんて言えば母からの超暴力が待っている。

つまりどうあがこうが学校から逃げ出すことは許されなかったってわけだ。

 

学校に行く意味をまるで見出せず、オレは学校の中で誰よりも置いてけぼりにされていた。しまいには誰からも相手にされなくなり、誰もがオレを無視するようになっちまった。

クソみたいなイジメのシステムが発動したわけじゃなく、ようやく一人で風呂に入れるようになり、お漏らしもしなくなった程度のガキ供からしたら、オレはひたすら不気味で理解を超えた謎の物体Xでしかなかったはずだ。


ーこの状況は成人して以降も未だにある。なんだあの人は?見たことがない、出会ったことがない、理解し難い、だから話したくない、怖いので無視しておこう。

こんな奴らはてめえの中になんのカルチャーも持てない連中だ。

メディアの発信するクソみたいなもんに何の疑問を持たずに生きてきたんだろうぜ。ジジイババアならまだしも感性豊かなはずの若者までそんな態度を取るんだから今の世は恐ろしいぜ。

奴らの世界は半径数メートルかテレビかインターネットしかないのか?そうやって自分の世界を狭めてどうする?ー


あの時、オレの声を聞いた奴はクラスにほとんどいなかったんじゃないか?まるで透明人間にでもなった気分さ。

オレはそこには存在してない。

ただ、給食があるから昼飯にありつける。ただそれだけの為に通っていたようなもんだ。

 

唯一の楽しみは昼休み中に図書室へ行き、ひたすら本を読むことだった。

オレの読書好きはここから始まったと思う。

読書はていのいい現実逃避には持ってこいだ。つらい現実を忘れて別の世界に連れていってくれる。

漫画も悪かないが、小説の方が好きだね。自分のイメージで形を想像できる、自由な発想ができるからな。

小学一年生の頃とりわけ好きだったのは偉人の伝記ものの絵本だった。

多分、どっかの出版社が出したシリーズもので、100ページにも満たない6歳でも読めてエジソンとかナイチンゲールとかそんは感じの有名やつだったと思う。

1年間で全部読破したよ。いや、もしかしたら2周くらいしてたかもしれない。

別に偉い人になりたいとか憧れなんてものはなかった。未だに夢や希望なんてものは一度たりとも持ったこともねえし、目標はあっても常に現実を見据えてる。オレ自身は空想家なのにおかしな話だよな。

あの頃は他人の人生に興味があっただけなんだよ。どう生きてどのように幕を閉じたのか、それが知りたかった。この絶望的な状況でどう生きていけばいいのかという不安が無意識にあったんだろうなと思うよ。

いつか母に殺されるんじゃねえかって恐怖もあったしな。

 

一番のお気に入りは「ファーブル昆虫記」これは今でもはっきり覚えてる。

いい歳した大人がフンコロガシを追いかけ回してるんだぜ?あんなどうでもいい生き物を必死に研究してるなんてすげークールな奴だと思ってさ。

こっそり図書室から持ち出してそのまま借りパクしちまったくらいさ。

着眼点の違うこういう人がやけに愛おしかった。変人扱いされてたんじゃねえか?なんて考えるとなんだかシンパシーを感じてさ。

マジで根暗なガキだよな。

 


一年生の終わりに近づいたころ、この絶望的な状況があと5年以上続くのかと思うと急に怖くなった。

兄貴はそれなりに友達もできて楽しくやってんのに、オレの体たらくといったらなんだ?情けねえ。

 


段々自分自身にムカついてきた。

このまま無言を貫き通してどうなるのか?このままじゃ何も変わらねえ。

 


じいさんにふと聞かれた。

 


「学校は楽しいか?」

 


「全然楽しくないよ。学校って何しに行くの?意味ねーや」

 


するとじじいはこう答えた。

 


「知らない奴は新しい友達だと思え。それから困ってる奴がいたら親切にしろ。どんな状況でも楽しもうとしなきゃ楽しくない。つまんなかったら楽しいことを探し出せ。」

 


「先生はお前のために何かをしてくれるわけじゃない、学校ってのは沢山人がいるだろう?誰もお前一人になんか構っちゃいられねえんだよ。学校ってのは自分から学ぶ場所だ。」

 

そうなんだよ。

学校ってのは待ってたって何も教えちゃくれねえ。

あの頃の自称教育者ってのは今考えたら大層な怠け者に見えるぜ。

こっちから学び方を考えなきゃ奴らはただ機械的に進めて詰め込むだけだもんな。

何のディスカッションもない、ただ置いてけぼりにならないようについてこい。

日本のクソみたいな教育システムってのはそういう風にできてる。

個性なんかおかまいなし、何だったらそんなもんは社会に出たら厄介になるんだから早く捨てろというのが奴らの教育だ。

バブル崩壊後は

「敷かれたレールを歩け、誰かが歩いた道を歩けば歩きやすい。ただし、一度踏み外したら一生戻ってこれない」などとという脅し文句にも似たネガティヴキャンペーンまで始まった。

今の世の中の安定志向とやらはこのへんの教育からだろう。

んで、色んなことを諦めて安定を求めた結果みんな幸せになれたのかね?

幸せそうには見えねえけどな。


とにかく自分の場所は自分で作るしかねえ。2年生になったのを境にオレはいろんな奴と手当たり次第話すようになった。

なんだこいつ?って感じだろうが知ったこっちゃない。お互い知らねえんだし好きも嫌いもないぜ。

話してみりゃ何のことはないみんなも同じように慣れない集団生活に不安を抱えながら生活していたんだ。

金持ちだろうが貧乏人だろうが同じ場所にぶち込まれりゃ立場は一緒ってわけだ。たちまちオレは色んな奴らと仲良くなった。

 

話さなきゃ人間わからねえことの方が実際多いんだよ。地球上の生物の中でこれだけ複雑な言語を喋ってんのは人間だろ?ならその機能を最大限使わなきゃ人としての意味をなしてない気がする。

オレはそう思んだよ。


もちろん体の痣や傷のことは誰にも言えなかったし、複雑な家庭環境に関しても言えなかったけど、みんなと仲良くなれてスゲー嬉しかったのを覚えてるよ。自分の力で作りあげた居場所ってやつさ。

 

豚小屋のような家にいるよか学校の方がよっぽど居心地がよかったね。

話し相手だっているし、休み時間になりゃボール持ってドッヂボールやってさ、算数を除きゃ勉強も好きだったしそれなりに楽しくやれるようになった。

 

ーこの頃から陣取り合戦じゃ負け知らずだ。東京でもダブリンでもロンドンでもそうさ。オレは見知らぬ土地、言語も肌の色も宗教、国籍が違っても一人っきりになることは一度もなかった。ー

 

1年間溜め込んでいた怒り

ー透明人間なんて真っ平ゴメンだ!よく見てみやがれ!オレはちゃんと生きてんだぜ!お前らと一緒にここで!ー

オレは自分のこの怒りを他人や暴力には向けず自分自身に対して利用したのさ。

 

ジョンライドンのAnger is an energy(怒りはエネルギー)これはマジだと思う。

オレはこの時始めて怒りが原動力になること覚えた。

怒りとは火のようなもので使い方を間違えりゃ相手を傷つけたり、自分自信を焼き尽くすことにになるが、上手く使えば燃料にもなるし、暗い道を明るく灯すことだってできるんだ。

 

赤ん坊の時と同じさ、立ち上がったんだ自分の二本足で。ほんのすこしの知恵と怒りをのエネルギーを加えてな。

オレにとって人生2度目の第一歩を踏み出したのさ。